ラムネが天国に旅立ってしまって3日が経った。
相変わらずいつでも涙が出るし、ふくに構いすぎてしまった時ふとラムネどうしてる!?とドキッとして振り返ってしまうし、ペットカメラを見ようとしてしまってアプリを開いては閉じて、朝起きて夢かもって思って、静かすぎるリビングに立ってあぁそうか夢じゃないんだと胸が締め付けられる。
文章にしたら現実になっちゃう気がして書くのを迷ったけど、今の気持ちを書いておかないといけない気がして書いている。人間は愚かだから、大事なことを忘れてしまったり記憶を改ざんしてしまうから。
2026年8月27日夜23時頃、ラムネはいつも通り布をかけた暗闇の中で殻餌を1.2g食べた。その日は合計2.8g食べられたのでホッとした。その前日26日も3.5g食べられていたし、一時期全然食べてくれない時期もあったからこの数週間は安定して食べられていて、私は安心することができた。
日中もウトウトしていることは多かったけど、何だか慌ただしく動いていることもあったし、せっかくバリアフリーのためにと買ってきたはしごを使わずジャンプして止まり木に登ったり、何よりカキカキを要求して手を入れると嬉しそうに近寄ってきてくれた。赤ちゃんの時以来ずーっと触らせてくれなかったから、ご褒美のような時間だった。本人は自分で掻くのが大変になってしまったからちょうどいい孫の手があったぐらいにしか思っていなかったかもしれないけど、毎日たくさんカキカキさせてもらった。何時間でもして欲しそうにするから、こちらの姿勢が限界で休憩させてもらうこともあった。いつもキラキラのおめめでこちらを見て、気持ち良いと全体重を預けてくることもあった。愛おしすぎて胸がキューっとなった。
夜は床で壁に寄りかかったような姿勢で眠っていることも増えていたけど、夜中目を覚ましてペットカメラを見ると、木にとまっていたり、定位置のベットの上でお行儀よく眠っていることもあった。
床で寝始めた頃は不安で仕方なくて、一緒にリビングで寝たり2時間ごとにアラームをかけてペットカメラを確認したりしていたけど、ラムネがたくさん食べてくれて元気な姿を見せてくれるから、長期戦に備えて自分の休息もしっかりとる方向に切り替えたところだった。(それでも自動的に数時間ごとに起きる身体になってしまっていたけど)
28日明け方4時頃自動的に目覚めたので、ペットカメラを確認した。ラムネは床にいて、カメラの方を見ていた。かわいい顔。無事生きてくれてる。幸せな気持ちになって、また眠りに落ちた。
次に目覚めたのは7時前だったかな、カメラに背を向けていた。この姿勢は何度もあったので、大丈夫と自分に言い聞かせてまた眠る。
8時。犬の散歩のアラームで起きる。カメラを見ると背中を向けた姿勢で、ペレット入れの下に身体が半分入った姿勢で寝ているようだった。何だか足の位置がおかしい?いや大丈夫と言い聞かせてシャッターを開ける。いつもならこういう大きな音がしたらラムネは少し動くので、それを確かめたい気持ちもあった。
1つ目のシャッター、動かない。
2つ目のシャッターも、半分祈るような気持ちで開ける。
カメラの中のラムネは反応しなかった。
一瞬で覚悟を決めて、でもまだ祈る気持ちで布を外す。
ラムネはケージの隅っこで、壁に寄りかかるような姿勢で動かなくなっていた。
泣きそうな声で呼びかける。震える手でケージを開けて、ペレット皿を外して、ラムネを抱き上げる。
あたたかくはなかったけど、まだ冷たくもなかった。
夫を呼ぶ。ここら辺はあまり記憶がないが、夫は飛び起きて、声をあげて泣いていた。
私たちの異様な様子に犬が不安そうに吠える。
ここでやっと涙が出た気がする。
ここからまた記憶がないけど、とにかくラムネを綺麗なままにしてあげたい、と思ってタオルに包んだような。何か話しかけたような、どれくらいそうしていたか分からない。ずっと協力してくれていた実家の家族にも電話とラインで知らせる。
犬がずっと鳴いていたので、そうだねごめんねびっくりしたよねと言って毎朝の習慣の散歩の準備をする。夫が自分が行くからラムネといていいよと言ってくれたけど、今ふたりきりになったらもう立ち直れない気がしたので、ラムネも一緒に最初で最後の家族4人でのお散歩に行こうと言う。
ラムネを丈夫なタオルに包みなおして、私にしか顔が見えないようにして外に向かう。
4人で外にいるのが少しおかしくて、写真を撮る。
家に戻って、綺麗なままでいられるように保冷材の上に寝かせる。1つだけ残っていたティッシュケースを切って簡易ベッドにする。
ここら辺も多分泣いてたかもだけど記憶ないな。
マンション住まいだしその時がきたら火葬と決めていたので、火葬業者を検索する。夫が午後から腫瘍の定期検査の日だったので急いで朝ご飯を詰め込む。
そこからはもうあっという間で、病院の帰りに4箇所花屋をまわり翌日の火葬に使うお花を買う。夜実家の家族が来てくれみんなでお通夜のようにラムネのことを話しながらご飯を食べた。家族と話していると笑える時間もたくさんあってありがたかった。
みんなが帰り、夫は疲れてうたた寝してしまいラムネとふたりきりになる。
家族と昔のラムネの様子を話したばかりだからいろんなことを思い出す。
だって10年だよ。10年4か月。私はまだ20代半ばだった。
今よりとってもいい加減で、ニートだった時はずっとラムネを出しっぱなしだった。
おしゃべりがかわいくてずっと構っていて、夜も人間と同じ深夜に寝かせていた。
その後働き始めてからは長い時間のお留守番もしてくれて、引っ越しもして、犬を迎えて。嬉しいことも、悲しいこともたくさんあった。その間、ラムネはずっと愛情深かった。
若鳥のころはひたすら大きな声で鳴いて、近所まで鳴き声が聞こえていた。出してほしいときは反復横跳びでケージ内からアピールした。とうもろこしを夫とそのままかじったり、私のお風呂を脱衣所でおしゃべりしながら待っててくれたり、カーテンをよじ登ったり、重要な紙を破壊したり、夫と喧嘩して泣く私をキラキラのおめめで不思議そうに見上げてくれていた。
ラムネ。かわいいかわいいラムネ。大好きなラムネ。
いつも私の味方でいてくれた。飼い主として至らないこともたくさんあったけど、ラムネとは相思相愛だったよね。それだけは自信を持って言える。
いつもかわいいお顔で見つめてくれて、嬉しそうなラムネ。
ご機嫌なラムネ。
ラムネのことを思い出す時、ラムネはいつだってかわいくて陽だまりのようにあたたかくて、優しい思い出しかなくて。
ずっと一緒にいられるって本当に思ってたよ。
たくさんたくさん、何度も頑張ってくれてありがとう。
悲しい時、そばにいてくれてありがとう。
みんなに愛と優しさをくれてありがとう。
ラムネに関わった人はみんなラムネが好きだったよ。
家族になってくれてありがとうね。
ふわふわのお顔も、キラキラで真ん丸なおめめも、あたたかいほっぺたも、特徴的なほくろも、絵画のように美しい後ろ姿も、ちいちゃいのに逞しい脚も、白いおしりも、真っすぐで凛とした尾羽も、全部全部大好きで宝もの。
火葬前にお花をたっぷり敷き詰めた。ラムネが怖くないように、幸せな記憶をそのまま持っていけるように。お手紙と写真も持って行ってね。メッセージを書いた鶴も一緒に道案内するからね。
お花に囲まれたラムネが美しすぎて、本当にすやすや気持ちよく眠っているみたいに見えた。ラムネもお花になったみたいだった。お花畑でお昼寝しているラムネ。天国でも幸せにしていてね。いつでも戻ってきてね。ずっと一緒だからね。またすぐ会おうね。
葬儀会社さんには、小さい小さいラムネの骨を綺麗に残してくれて感謝しかない。
骨壺を持って家に戻る。ラムネがいなくてやっぱりずっと寂しいけど、でもラムネはいるって思う。
今日はここまで。また書こうと思う。























もう少ししたら、このことも詳しく書いていきたい。一番つらかった日、同じ境遇の人が綴る想いに心が軽くなったから。このブログ自体ずっと自分のために書いているようなものだけど、でも、いつか誰かが目にしてくれて、もしその人が何かを思ってくれたり心が軽くなってくれたりしたらこの経験も無駄じゃなかったなって思うから。
私にとっての理想の死後の世界を妄想する。
