夕焼けとさくらんぼと味噌ラーメンと

2022.01.25

怒涛の年末を終え、ようやく穏やかな日々が戻ってきた。

冬のこの時間、傾き始めた夕日が部屋の中に入ってくるのがとても好き。少しずつだけど日がのびてきて嬉しいな。

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昨年は本当に、これでもかというぐらい命や終え方というものに対峙した一年だった。

最期に孫に会えてとても嬉しそうにしていた彼のおじいちゃんの表情と葬儀で見たお義父さんの涙は忘れられないし、共同墓地や樹木葬など新しい形態のお墓を実際に目で見たのもとても良い経験だった。

本当、どのお墓も素敵で最高だった。夫婦やきょうだい等少人数で入れるお墓には様々なユニークなメッセージが刻まれていて、そうか、別にお墓って自由でいいんだよねと思った。

(もちろん亡くなった段階で精神は肉体を離れて自由にはなっているんだけど、)それでも現世でどう眠るか選択の余地があること、伝統的な(?)仏式のお墓に縛られる必要もなければそれを選択しないことに後ろめたさを感じる必要も一切ないこと。何か本当、「自由だなー!!!」という感じでした。もっといろんなお墓見てみたいな。霊園巡りが趣味になりそう…。

おじいちゃんの四十九日、お坊さんがしてくれたお話しもとても良かった。

「大切な存在がいなくなってつらい、その想いはどうしようもなく、仕方のないもの。でも、その想いそのものが尊いものなのです。その想いを、ずっと大切にしてください。」

そうか、そうだよね、とストンと落ちた。

飼っているワンちゃんの話もしてくれて、良いお坊さんだったなぁ。

 

四十九日の後は、超久しぶりに実家に(自分だけ)泊まって楽しかった。久々すぎる実家のお風呂が思ってたより深くてすべりそうになったり、お父さんがまたしても飲みすぎたり、翌日用のヒートテックレギンス持っていくの忘れてお母さんのダサい股引き借りたり、うーん、やっぱり何はなくともこれからもたまには実家に泊まろうと思った!

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泊まった翌日は、お父さんお母さんと動物園に行った。お母さんは助手席にいながら話してばっかで、道案内のひとつもしてくれなくて参った。笑

あいにく園内の一部が工事中で見れないところがあったり冬だから展示されていない動物がいたりしたけど、のんびり過ごしてる動物たちが見れて面白かった。絶滅危惧種の鳥が我々の方に寄ってきてくれてたくさん鳴いてくれたのもかわいかったし、カンガルーやミーアキャットがひなたぼっこしながらだらけまくってるのも笑えた。かなり空いている園内をガンガン歩いて、お父さんもお母さんも楽しそうで良かった。朝ご飯を遅くに食べたからお昼を食べそびれて、16時頃にタリーズでホットドッグと飲み物を、お父さんはビアードパパのシュークリームを食べて帰った。

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2022年は「幸福な年」になると、3年の星占いに書かれていた。

今までも幸運だったけど、今年もどうかそうでありますように!好きな人たちが、みんな健やかに穏やかに過ごせますように。

2021.12.08

もう師走かい!!!

 

秋をすっ飛ばして気付いたら冬。空はどんよりだけど、窓を閉め切って犬とごろごろして、お昼にはIN THE SOOPを見ながらカップラーメンを食べ、キースジャレットを流しながらこれを書いている。そして今日は散歩以外何の外出の予定もない!あーーーーーーーしあわせーーーー!!!!

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朝、今日は何をしようと思った時に、自然と一番最初に思い浮かんでくる選択肢が今はもう必要ない、という事実に気付く一瞬。寂しさできゅうっとなる。

私はあくまで孫という立場だったけど、それでもあの10年以上にわたる日々は私の日常の多大なウエイトを占めていた。

週に約1度は顔を見せに行くこと。同じ市内に住んでいるとはいえ、その間に大学を卒業し、正社員として働き(そして辞めたけど)、結婚をしたりしながらも、頭の片隅にその時間のことを置いて日常を組み立てること。

もちろん誰に強要されたわけでもないし、むしろ少し無理をして行ったりすると「無理しないでいいのに~」と言われたし、実際他の都合との兼ね合いでできない日もあった。それでも続けてきたのは、祖父母に喜んでほしいということもあったけれど、やはり母が心配だったからだった。

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自分の両親の介護をすること。命と向き合い続けるのは例えそれが他人だとしても厳しいことなのに、親だったらなおさらだ。怖いこと、不安なこと、寂しいこと、きっと私が想像出来うる何倍も、いろんな想いがあったよね。

母は真っ直ぐに祖父母のことを見つめ続けていたけど、私(や多分父も、妹は半々ぐらいかな?)はどちらかというと母のことを見つめていたと思う。母の不安を冬の寒い車内で何十分も聞いたこともあったし(最初は聞くということの大事さが分からなくて、マジレスして喧嘩っぽくなっちゃうことも何度もあった)、祖父母に会いに行ったはずが結局ほぼ母と話しただけで帰ったこともあったし、写真をたくさん撮っておいたり、母自身の食事や水分摂取を促したり、母が怪我をした時はひとりで祖父母の様子を見に行って大丈夫そうだったと報告したり。とにかく、自分にできる限りで母の負担を軽くするというのが私の目的だった(もちろん直接的な介護に関われればもっと良かったかもしれないけど、それは怖くてできなかった…というのもある…)。

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だからおばあちゃんを見送った時、そしておじいちゃんを見送る時、寂しさや悲しさより正直安堵感の方が大きかった。誰も欠けることなく無事にふたりを見送れたこと、本当に本当に良かったと思った。だって、介護することでお母さんが心身を壊すなんてことになったら、それこそおじいちゃんおばあちゃんの望むことじゃないと思うし。ギリギリのラインで、全員が全員できることをやって、結果無事に見送ることができたと思ったら、ホッとするしかなかった。

(その後、そのことを母と妹と話し、めちゃくちゃ泣いた。話しながら、この10年以上、最前線にいるお母さんの頑張りを見ながら支えながら、家族みんなで一丸となって走り続けてきたことを実感したら何か青春みたいで泣けた。。本当にみんな、よく頑張ったよね。。)

 

そしてそれから、ようやくおじいちゃんがいなくなってしまったことの寂しさが湧き上がってきた。

落ち着いてて優しくてかっこよくて、手先が器用で料理もできるおじいちゃん。他の人から見れば、100歳超えにして身の回りのことは基本自分でできてお正月には飾り包丁を入れたこんにゃく入りのお煮しめを作れて政治の話から時事ニュースのことまでしっかり意見交換し合えるおじいちゃんは奇跡のような存在だったかもしれないけど、家族から見るとその姿は当たり前で、だから亡くなってしまってから初めて、あぁそうだよね、そういう歳だったよねと思った。

おばあちゃんの介護が必要になってから、老々介護と言うにはあまりに老すぎる年齢にも関わらず、おじいちゃんは元気でいてくれるだけでなくずっと一番の介護者でいてくれて、もう私からすると見守るべき対象というよりは戦友のような感覚だったんだよね。だから純粋に寂しくて、心に穴が開いたような感覚ってこういうことなんだなぁと感じている。

おばあちゃんの介護が始まって頻繁に家に顔を出すようになってから、おじいちゃんとはいろいろな話をした。上に書いたような政治やニュースの話もそうだし、おじいちゃんの若い頃の話や、おばあちゃんとの暮らしの話、そして戦争の話も。

20代の頃に戦争に行き、戦地でマラリアにかかって生死の境をさまよったこと。終戦の知らせはハルマヒラ(インドネシア)で聞き、米軍の船で帰国したこと。故郷に帰った後仕事を求め上京し(その頃の列車は全席早い者勝ちなので前日から並んで席を取ったらしい…)、最初は家も借りられず間借りをして暮らし、知人の紹介でおばあちゃんと出会い結婚しやっと6畳のワンルームを借りられたことなど…本当、人生波乱万丈すぎて圧倒される。102年生きるってすっごいな。何かもう、すごいしかない。。

葬儀に来てくれたおじいちゃんの親戚が、おじいちゃんの思い出で一番印象に残っているのは、戦争が終わり玄関を開けたらボロボロの軍服を着たおじいちゃんが立っていて「ただいま帰りました」と敬礼をした姿だったと教えてくれて、鳥肌が立った。映画じゃんね。そしてそれを映画じゃんと思える現代、すっごい幸せかよ。

葬儀場の待合室におじいちゃんの99~102歳の各歳を祝った写真を掲示していたんだけど、その親戚の方はそれを見て、幸せだねぇよかったねぇと泣かれていた。その姿に、胸がいっぱいになった。

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おじいちゃんは、やるべきことをやり、日常をコツコツ積み上げていくことが大事だと言っていた。おばあちゃんとは喧嘩したことがないとも言っていた。一緒に暮らしてるんだから、喧嘩なんてしたってつまらんだろと。そうですね、勉強になります…。

あと100歳になった時、役所から記念品をもらえるのだけれど、その時ぽろりと「お母さん(おばあちゃんのこと)のおかげだな」と呟いていたのも衝撃的すぎた。そんなこと、誰に聞かせるでもなく素で言える人っているかね…。あーもう本当人間ができていてすごい。何なんだ。立派か!

 

こうして振り返ってみると、おじいちゃんおばあちゃんと過ごした日々、すごく楽しかったな。写真を見返していて、おじいちゃんおばあちゃんだけでなく家族みんなが心から笑っている写真ばかりで、こんなかけがえのない思い出ってないよね。

介護ができる人ばかりじゃない、むしろできない状況の人が一般的で介護できること自体恵まれているのかもしれないけど、でも介護している時間っていうのは絶対に無駄な時間じゃなくてかけがえのない時間だってことを強く実感した。これは介護しないことを悪とする意図はないし、じゃあ私も親の介護が必要になった時できるのか、と問われれば正直分からないとしか言えないけど…でも確実に言えるのは、お母さんをはじめ、私たちの過ごしたこの10数年は、かけがえのない大切な時間だったってこと。

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お母さん、今まで本当にお疲れさま。これからは少しゆったりして、たくさん遊びに行ったりもしようね。楽しいことたくさんしよう!

おじいちゃん、こちらのことは心配しないでおばあちゃんと仲良く穏やかに暮らしてね。美味しいものたくさん食べてね。またねー!!!

2021.09.06

スタバでカプチーノとかぼちゃスコーンを購入。温かい飲み物が嬉しい。

この間まで暑くて暑くて仕方なかったのに、あっという間に秋が鎮座している。おかげで犬の散歩時間は延び、音楽は聴きやすくなり、食卓もどんどん秋めいてきた。今年もまた着なかった夏服を横目に、こちらもあっさりと夏を手放す。こんな世の中に夏は似合わないから仕方ないよね。また来年ね、今度こそ楽しもうね。

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いやぁ、しかし私も本当によく頑張ってるよなぁ。人生いろんなことありすぎ。大変すぎ。

でもどんな時だって、私の感情や思いは全て私のものであり私の自由なんだよね。

前も少し書いたけど、例えば相手が悲しんでるからってこちらが励ます役割をしなきゃいけないわけじゃない。自分も悲しければ一緒に悲しんでどん底に落ちたっていいし、もちろん励ましたければ励ましたっていい。そもそも落ち込むのは悪ではないしね。そういう時だってある、というだけ。

こうならなきゃ、こうしなきゃって思い込みからもっと解き放たれていきたい。どう感じてどう考えてどう過ごしてたって、どうせいつか雨は止むし夜は明ける。(つまり時間は偉大。時に残酷だが。)

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というわけで、正直に言うと全く悲しくないわけではない(すごい面倒くさい表現)

でもこれが本当なんだもん悲しいは悲しいんだけど、基本的には他の感情の方が勝っている。でもたまに悲しいが現れて、あら?やっぱり悲しいかも?みたくなるのである。。

その一方で、だいぶ明確に今後の見通しができ(てしまっ)た安心感というか覚悟のようなものもムクムクと現れてきている。

どうせそうならこういうことしたい!こういうこともできるかも!むしろ時間あるんだからこういうことも夢で終わらせないでより現実に近い目標にしたい!などと、前を向こうとしている自分もいる。

まぁ完全に吹っ切れた!と自分含め誰かに宣言する必要は全くないんだし、いろんな感情を行き来するのは当たり前だよね。


欲張りではあるけど、このことも全て養分に変えて進んでいきたい、というのは本当。何ならこの世に試されてるって思っている。負けねー!!!笑

でもこれだけは言いたい!神か世界か知らんけど、こんな素晴らしい我々の遺伝子を残さないなんて、後悔したって知らないからな!!!社会の損失だからな!!!バーカバーカ!!!!!!!



f:id:mondai-girl:20210906141437j:plainもう少ししたら、このことも詳しく書いていきたい。一番つらかった日、同じ境遇の人が綴る想いに心が軽くなったから。このブログ自体ずっと自分のために書いているようなものだけど、でも、いつか誰かが目にしてくれて、もしその人が何かを思ってくれたり心が軽くなってくれたりしたらこの経験も無駄じゃなかったなって思うから。


この世は不条理で最低最悪なこともあるけど、でもこうして自由に表現できる時代に生まれてよかったな。それだけは言える。

2021.08.23

おじいちゃんが入院した。

数週間前、誰もいない深夜に転んで腰を打ってしまったようで、それから痛みで立ち上がることはおろか座ることすらできなくなってしまって、何とか在宅で様子を見ていたけど痛みは引かず、そして看ている側も先が見えない状態にだんだんと限界が近付いてきてしまい、痛みの原因探索とできる限りの改善、そしてこちらの体制を整えるためにも、一旦短期の入院をしてもらうことになった。

 

そんななか、ちょうどこの間おばあちゃんの一周忌と新盆があったから、おばあちゃんは会場におじいちゃんがいなくてびっくりしただろうな。まぁおばあちゃんのことだからもう知ってるか。

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お盆だったからか元々こういったことを考えるのが好きだからか、やはり時間ができるとどうしても死のことや死後の世界のことを考えてしまう。

以前ヒューマニエンスで見たのだが、死は点じゃなく段階的なものだから、「いつ亡くなったか」ということはその社会のルールで仮に定められているだけで、正確には定義できないものだという。

そして心拍と呼吸が止まった後で、脳が死ぬ直前に、脳の神経細胞の反応が逆に上昇するということ(まるで線香花火の最後のような、と織田裕二さんが言っていた。良い表現)。心停止後に蘇生した患者の臨死体験で一番多かった感覚が「幸福感があった」ことであること。これは脳が死ぬ直前にエンドルフィンが放出されることが理由らしいのだが、いやーこれって本当、救いだよね。安らかに眠る、のが願いじゃなく科学的に証明されている。もちろん実際は体験しないと分からないことではあるのだけど、それでも、すごく有難い研究だなと思う。

f:id:mondai-girl:20210823141334j:plain私にとっての理想の死後の世界を妄想する。

家族や友人たちや動物たちが皆幸せそうにそれぞれの暮らしを営んでいて、いつでも会いに行くことができて、もう離れることを怖がる必要もない世界。美味しいものをいくら食べても苦しい満腹にはならなくて、健康を害す心配もしなくて良くて、好きな時に好きな物を好きなだけ食べられて。世界のどこへでも一瞬で行けて、そのどこにも苦しんでる人や動植物はなくどこもかしこも活き活きしていて。からりとしたやわらかな風が吹いていて、秋と春の良いところを集めたような気候で。夜は天の川のような星空が果てしなく広がって、月の光が心地よく辺りを照らしていて、穏やかな静けさが立ち込めていて。色鮮やかだけどうるさくなくて、全てがしっくりと調和がとれていて、でも同じものは一つとしてなく全てが個性的であたたかみがあって。

と書いていると、死後のことが全然怖くなくなると同時に、なんだ、結局自分にとっての天国はこの世で体験した幸せな瞬間の集合体に他ならないんだなぁと思う。私の想像上の、だから当たり前なんだけどね。もちろん、もしかしたら天国は私の想像なんて及ばないぐらいのとてつもなく素晴らしい場所かもしれないけど、でも幸せは人それぞれ違うから、その人にとっての理想の地というパターンも十分あり得ると思っていて。

となると可能な限りこの世で幸せな瞬間を見付けることが、後の世界の充実につながるのかもなぁと思ったりして、頑張って生きよう~となっている。

…しかし何かこうしてザクザク文章化するとだいぶスピっぽいな…違うの…ただ時間を浪費しながら空想してるだけなの…要は時間に余裕があるの…こんなことしてないで働かなきゃ…。

 

そういえば先日保護猫のお世話ボランティアに行ったんだ!初めての場所、緊張したけど猫ちゃんたちが本当~~~にかわいくて癒された…。でもやはり過酷な環境にいた子も多く、肢体麻痺の子、片目が化膿してしまっている子、お肌がガビガビな子など様々で、ふと苦しくなる瞬間も何度もあった。まだ二回ほどしかお手伝いに行っていないので語れるようなこともないんだけど、でもやはり見てるだけじゃなくて中に入ると解ることもある、気がする。

全てを体験することはできないけれど、でも少なくとも語りたい分野に関しては頭でっかちにならないようにしたい。歳を重ねて、フットワークが重くなってきたり知らないところに入るのがより怖かったり、燃えるようなエネルギーに出会うことが少なくなってもうこのまま何も知らなくていいしたくないと思うこともしばしばだけど。できる範囲で、できる深度で。寄付なら単発だって少額だって十分意味があるし、0/100で考えるんじゃなくゆるやかな参加を選ぶ自分も赦せるようになろう。

どうか悲しい思いや苦しい思いをする動物たちがいなくなりますように。心から願う。 f:id:mondai-girl:20210823141534j:plain


まんべんなく流行や最新物を聴く、というより気に入ったらもう同じものを何十回でも何百回でも聴く、というタイプなのでずっと音楽のサブスクに手を出さずにいたのだが、あまりにCDショップが消滅していくためお試しでついに始めてみたら、なんと快適且つ世界が広がること。いやはや、もっと早く始めるべきだったね…広告なしってこんな快適なのね…。

ノラジョーンズのライブ盤が素晴らしくて心身に沁み渡る。どんより曇り空だけど、ノラの声は曇り空がよく似合う。いつかライブに行きたいなぁ。

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今日も犬はすやすや、鳥はごきげんにおしゃべり。当たり前ではない、静かで穏やかな午後。

2021.06.29

ベリーダンス、全然上達せずつらい…。

相変わらず努力の量に比べて上ばかり見すぎているため、よりフラストレーションが溜まる仕組みになってしまっているのは否めないのだが、そもそも根本的なところから向いていないのでは?と思わざるを得ない日々…。とにかく軸がブレブレなこと、余計な動作が多いこと、力が入りすぎなこと、三半規管が激弱なこと、重心が上になりがちなこと、関節が硬いことなどなど、挙げればキリがないほどできてないことがありすぎて…。身内しか見ていない発表会だしそのために奮発して高級衣装まで調達したのに、やっぱり出たくない…となったりしている。ガチすぎ。なんなんだ。笑

しかも先ほどまで犬がひたすらヒンヒン鳴くターンに入ってしまっており、ノイローゼになるかと思った…。本当、大きい音に耐性が無さすぎて弱小だな…。

今は何とか寝てくれて、鳥もぐっすり、窓も閉めているから静かで幸せ。ノラジョーンズが沁みる…。

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自分のちゃんとしたがってしまうところや、真面目でいろいろと見過ごせないところ、というか気付きすぎてしまうところがずっとあまり好きになれなくて。その背景にはそれゆえ生きづらいと思うことがあったりとか同じタイプの人を目にした時にもう少し肩の力抜きなよ…と疲れてしまうことがあって、だからそこを変えたくていろいろと試行錯誤していたのだけど、先日友人と話していてハッとなった。

何か頑張っちゃう人ってさ、仕事も増えちゃうし暑苦しく見えるし空回ってる時もあるし、自分の理想ではないんだよね。損だなぁって。

もっと軽やかになりたいし飄々としたかった。仕事も余計に引き受けず、無駄に深入りしないような人。自分から見てそうであることはもちろん、他人からもそういう人に見られたかった。

でも元々の性格がちゃんとしちゃってるんだし、で仕事もちょっと多いと思っても頑張ったらこなせる範囲までの量であるなら引き受けることで組織もうまく回るわけで、周りもそんな私のこと理解してくれて好きな人には好いてもらえていて…あれ、あと自分がそんな自分を認めればもう何も問題ないじゃんね???

軽やかになるために努めていたつもりが、結果頑なに自分で自分をこんがらがらせていたという衝撃…なんという…。

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全てが自由なんだよね。何にも囚われる必要はないし、一貫性を持つ必要もない。頑張るのが嫌になったらあっさりやめたっていいし、カテゴライズできなくていい。損だって引き受けてやるし、でもいつもそうなわけじゃない、全ては自由。

前から話してきたことのようにも思うし、当たり前のことなんだけど、でも今回は特に腑に落ちた。やっぱり誰かと話して、言語化することで解ることってあるよなぁ。友人は大切。

 

f:id:mondai-girl:20210629173856j:plainあと最近はOVER THE SUNというラジオ配信を聞いている。おばさんあるある女性同士のおしゃべりあるある満載でニヤニヤしながら聞いているのだけど、その中で、どんな風に生きたってみんな○○年後にはおばさんになるんだからっていうような趣旨の話があって。

やー本当、そうよね!仕事頑張ったって結婚してたって子どもいたってぐうたら過ごしてたって、10年後、まぁ少なくとも15年後には確実に、同世代の全員がおばさんになるのだ。

これがいつかは死ぬ、のような話になると突然つまらないまとめの雰囲気を纏ってくるんだけど、行く先がおばさんになっただけで不思議。この明るいあきらめ感たるや。


30代、状況はそれぞれいろいろだし共感ツール(参照:「おばあちゃんになっても遊ぼうね!」という言葉を考える)が使えないことにやきもきすることもあるかもしれないけど、おばさんになるその日まで、自分の芝に花を植えて(竹内まりあ「幸せのものさし」より)がんばるぞ…!

 

今日は既に味付けしてある魚を焼いて、ズッキーニをミルフィーユ焼きにして、冷しゃぶサラダをこしらえる!お散歩の時間まで天気持ってくれますように。

2021.05.13

今日も今日とて夫氏は遅い。というかもうずっと遅い。あ〜〜〜つまんないなさみしいな〜〜〜!

どんなに好きでもひとりの時間は絶対ほしい人間だけど、やっぱりごはんはなるべく一緒に食べたいんだよな。ひとりだとすぐ食べ終わっちゃうし、あまりたくさん食べられない。

私が新しい仕事を始めて、特に今月に入ってから休日出勤が続きその間彼は家のことをしてくれてそれはそれは助かったし嬉しかったのだけど、でもやっぱり一緒にいる時間が少ないなぁと感じる。別に一緒にいても何するわけでもないし、むしろ最近はおうち時間メインなのでそれぞれ別のことをして過ごすことが多いのだけど。

でもどうでもいいテレビを2人でぼーっと見たり、お菓子をどんどん開けて片っ端から食べてそれをお昼代わりにしたり、2人でいる時間が貴重じゃないからこそできることがあって、それってなんだかんだ楽しいんだよね。(まぁ、最中は時間を無駄にしてしまった…と思うけどもしばしばなのだが…)

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文章に起こすまでもない、なんでもない時間。多分記憶にもあんまり残らない、何もしてない日。そういうことの積み重ねが、思い出の輪郭を作るのかなぁと思う。なんだか幸せだったなぁとか、何か具体的には思い出せないけど楽しかったなぁとか。

 

というか来週から天気予報ずっと雨なんだけどなんだ?もう梅雨なの?早くない?まだまだ新緑楽しみたいんだけど?

冬と雨、冬はクリスマスなど冬行事に加え、キャンプにも良い季節だと知り去年ぐらいからだいぶ好きになってきたのだけど、雨だけはどうしても好きになれない…。雨といっても土砂降りやゲリラ豪雨は結構好きなのだけど、あの一日中しとしと降っている感じの雨…あれの日は、どうやっても気分を高く保てないのである…。まず眠いし、湿気で空気がじとーっとするし、髪の毛もボサボサになるし、好きな洗濯もできないし、なにより暗い。小説やエッセイ、音楽や映画などでどうにか雨の良さを知ろうとしても、可愛い傘やレインブーツを使ってみても、生の雨のずーんとした存在感を払拭するのは至難の業である。

f:id:mondai-girl:20210513231924j:plain雨の何が嫌かって、あの空の色を見ていると晴れの日なんてもう来ないんじゃないかって思わせられることだ。厚く重なる灰色の雲からは、どうしてもあの突き抜けるような青空を思い出せない。明るい曲を聴いても虚しく感じるし、とにかく暗く寂しく心細い気持ちになる。

まぁでもそれも、雨に逆らおうとしているからなのかな。雨の日でも晴れの日と同じように動きたい、考えたい、楽しくいたい、という気持ちが強すぎて逆にそれに苦しめられてるだけな気もするな。もう雨の日は仕方ないと割り切って、暗さを受け入れれば楽になれる気がする…けど、でも雨の日が続いたりするからね…てかこれから確実に続くからね…その間ずっと廃人でいるわけにはいかないし…あぁ、いつか雨と仲良くできる日は来るのだろうか…。

 

f:id:mondai-girl:20210513232008j:plain最近はSwitchのフィットボクシングを買って休みの日に40分ぐらいやることにしている(リングフィットは飽きた…)。が、めちゃくちゃ腕が痛い。筋肉痛と言うより、筋を痛めたようなガッツリとした痛みである…。こんな痛くてやり方合ってるのかな…?それ以外は録画したシャドーハウスとオッドタクシー、生きるとか死ぬとか父親とかやBSの番組を見たり、積読になっていたエッセイたちを読んだり、気に入りそうなラジオ番組を片っ端から聞いてみたりとこんなしてて大丈夫?働いた方が良いのでは?の日々。

あとなるべくながらをやめて一つのことに集中して取り組もうと努めている…。以前はテレビで録画流しながらパソコン開きながらTwitter見たりしてたんだけど、結局何一つ満足にできずこれ意味ないな…と思ってたところにYUKIちゃんがラジオで、ながらはなるべくしない!的なことを言っていて確かに!となったのであった。しかしこれが意外に難しく、特に家ではどうしても、主にスマホながらになってしまう。スマホ依存だな…スマホなるべく触りたくないってずっと思ってはいるのにな…やれやれ…。

2021.05.10

先日、ひとりで海へ行った。

 

何だかここのところもやもやする日が続いていて、こんなご時世だし外出するのも億劫でずっと家にいたのだけどさすがにやばい気配になってきたので快晴も手伝って超久しぶりの海へ。

日頃あまり長い距離を運転することはないし、ましてやひとり…とちょっと心配だったけど無事に着いて一安心。最後ちょっと道間違えたが…。

気付けばただ海を眺めて1時間以上経過していた。癒される…。さわさわと身体に染み込んでくるような波の音、綺麗とは言えない水質でも遥か先まで広がる青のグラデーション、裸足で感じるサラサラの砂、そして少しの怖さ、に包まれる感覚。はぁ、やっぱり海はいいなぁ。塩水が苦手で入るのはあまり好きではないけど、見るのはとても好きだ。

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自分とばかり向き合っていると、だんだん、何のために生きてるのだろうという気持ちになってくることがある。

自分のために生きられる人になりたいけど、それはなかなか難しく、どうしても拠り所を求めてしまうんだな。

自分を大事にして、自分をご機嫌にして、自分のために過ごす。そんなことができる人になりたいけど、いやしかしそれで何になるんだ?

2人で食べようと思って作ったご飯を、彼の残業によってひとりで食べているとき、ふとそんな思考が生まれる。人と暮らしていなかったら、きっと私の食生活はめちゃくちゃになっているだろうな。

自分で自分の機嫌を取るのは(少なくとも私にとっては)限界があると思う。というか、自分でなんとかしようともがいている最中、他人のちょっとした言動でぶわわっと元気になれたりしてしまう。逆も然りだけどね。

 

でも、他人由来のそれはサプライズプレゼントみたいなもので、もらえるのは決して当たり前じゃないんだよね。

だからそれを求め始めると途端に自分も周りもハードモードになる。

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結局自分で自分の機嫌を取ること、つまり自立した存在になることは、自分のためであると同時に周りの大切な人たちのためでもあるんだよなぁ。なるべく優しく、楽しく生きるためには、いろんなものを受け止めてその上でタフでいる必要がある。

はー!強くなりたいなぁ!強くしなやかに軽やかに!なりたいのになぁ!

 

今年も誕生日は彼が美味しいごはんをたくさん作ってくれて、ケーキまで焼いてくれた。プレゼントに12年もののウイスキーと欲しかったねこしきももらった。家族にもオンライン飲み会で祝ってもらい欲しかったリネンエプロンとバブーシュ、マグカップをプレゼントしてもらった。ありがとう!友人からもプレゼントやお祝いのメールもらって、うれしい。幸せだ!

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まだ30年ぐらいしか生きてないんだもんね。それにしてはよくやってるよね!これからもなりたい自分に近付けるように、大切な人に少しでも幸せをあげられるように、健やかに生きていきたい。

 

YUKIちゃんのニューアルバムがとても良い。毎回最高を更新してくれるの、本当大好きだ。久しぶりにテレビに出てくれて、ニコニコ歌っている姿を見てわ〜YUKIちゃん生きてた〜うれしい〜と思って涙が出た。しかもWEBラジオでお便りも読んでもらった!うれしー!!!ポップコーンの匂いと陽だまりの匂いって結構違くない?ま、いいけど〜と言われたけど、それも良い!ありがとう世界!

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毎日が最高、とはいかないけど、生きてると嬉しいことや楽しいことたくさんあるからね。

それを見つめられるように、受け入れられるようにいたい!な!がんばろ〜!

2021.03.05

最近はひたすらBSの録画を見て過ごしている。

彼が分波器を設置してくれたので、世界街歩き、ネコ歩き、てつたび、ヒューマニエンス、ドキュメンタリーなど気になる番組を片っ端から録画しては見る休日。おかげで今日もテレビの前からほぼ動いていない。お昼はカップラーメン。後で筋トレしなきゃ…。

外国の個人宅のお庭だったり街並みだったりを見るのは本当に興味深い。特に個人宅はこだわりが強くて面白い…古い家を買って味のあるところは残しつつ、自分の心地良いようにリノベしていたりガシガシDIYしていて爽快である。お庭も、整った景観のお宅ももちろんあるけどどちらかというと好きなものを集めました!って感じが多くて愉快。ごちゃあとしていても、紹介する家主が自信満々なものだから何だかとても素敵に見えてきたりして。断捨離流行ってるし自分も物を減らしたいなぁとは常々思っているけど、やはり好きな物は例え使い道がなかったとしても持っていたいと思う。効率や生産性はとても大事ではあると思うけど、あえてそことは対極にいるもの、不便さや一見無駄なように見えるものを大切に思える人でいたいなぁ。

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新しい仕事を始めて、今までとは180度違うアナログで趣味性の高い世界に入って、豊かさについてしばしば考えさせられる。

削ぎ落しすぎないこと。物もそうだけど、思考や人間性もそうかもなぁと思う。隙やミスの全くない人でいることって実は自分のためである。恥ずかしい思いをしないで済むし、悪く言われないで済む。でもそれって、相手にとっては窮屈だったり自分を省みさせてるかもしれない。

時には相手に任せて、余白を怖がらない。これからもっとできるようになりたいな。

 

そういえば憧れが高じてヘリノックスチェアを買ってしまった!わーい!しかもネットでは在庫切れだった希望のお色が近所のお店にあり歓喜!かわいい…軽い…早くお外で座りたい…わくわく…!

そんな物欲ばかりなので、コロナで友人と会う機会が無くなったり電車で出かけなくなってから本当に服を買わなくなり、買ったと思えば犬の散歩用と仕事用のあたたかくて動きやすい服ばかりで、でもまぁこれはこれで…楽だし…服も減らせてるし…と思っていたところ、この間近所のホームセンターで鏡に映った自分がちゃんとおばさんでびっくりした。笑 いやどこかでこんな服装でもまぁ?ダル服の若者風ではあるのでは?と思ってたからさ…全然おばさんだった…まじか…。笑 そういえば何か膝もおばさんの膝になってる気がするし、え、これがアラサーってことか?怖いな???ほうれい線のシワは幸せの証とか他人には心から言えるが、自分事となったら話が変わってくる…老いは受け入れていきたいが、でもやっぱり自分が納得できるレベルには綺麗でいたい…(そして子がいないなら尚更そうありたい…何となく…)。

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年始から友人と結託して1日15分程度の筋トレを(たまにはサボりつつも)続けているのだけれど、その効果も特に感じられないし…というか体重測ったら数年ぶりに2キロほど太ってたし…摂取カロリー何も減らしてないからか…。

 

はー生きるって大変…ここから先は老いに病に別れに、悲しいこと怖いことばっか起きるんだよ?信じられる?何の苦行??こんな待ち受けられてちゃ得意の先回りも間に合わないよ???

 

でも生きるし生きたいんだよなぁ。不思議。理屈では悲しいことばかりと思うのに、心のどこかでそれを凌駕するほどの喜びや嬉しさ、幸せがある気がしている。そう信じたいだけかもしれないけど。

自分のために長生きしたいというのはもちろん素晴らしいけど、好きな人を悲しませたくないから最後まで見送る側でいたい、そのために長生きしたいというのもありなんじゃないかなと思ってきた。綺麗事すぎるかな。でもそうなると最後は本当にひとりになるのかー。絶望と仲良くできるかな。こわいな、不安だな。

でも、そんな覚悟できてようといまいとそれは突然やってくるんだよね。終わるときには終わる。ただそれだけ。

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昨日犬の散歩をしていたら18歳になるというワンちゃんと会った。目はあまり見えないそうだけど、しっかりした足取りで歩いていて、素晴らしいなぁ理想だなぁと思った。18歳。17年後。つまり50代目前。

……………。

何にせよ、今をできるだけ楽しんで精一杯生きる、ということに尽きるわね…。

 

さて、少し昼寝したら洗濯物畳も!今日はタイム入りマリネ液に漬けたポークソテー。ちゃんと漬かってるかな、たのしみ。

2021.02.09

ああ〜〜〜心と身体がばらけててうっとおしい!!!

 

まさかの彼の会社でテレワークが始まり、さすがに一週間どこも出かけず一緒にいるとハリがなくなってくるなぁと思ってきたので買い物を口実に一人で少々の外出。スタバのドライブスルーでサラダラップとカフェモカを買う。チケット使わせてもらったよありがとう!♡

我が家は夜以外は各自用意方式のため三食のご飯の準備をするわけでもないし何か負荷がかかっているわけでは全くないのだけれど、やはりひとりでいるのと二人でいるのは違う。何となく気を遣ってしまうというか目を気にしてしまうというか…でも勝手に気遣い→疲れるのパターンは一番良くない気がするのでほどほどにしなければ…

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最近は晴れ続きで寒さも和らいでいるからか、そして上記テレワークの影響か、思った以上に早くエネルギッシュな気持ちになるターンに入っている。(働きたくはずっとないが、)何かしたい…いやしなければ、か?いやした方がいいんじゃ…程度ではあるものの、多少のやる気はある。けど気持ちだけが先回りして身体はだらけているので、もやもやが発生してうっとおしい…。

本当私はずっとこれである。昨年ぐらいから心と身体をできるだけ一致させることを心がけてきて、まぁ前よりはマシになってきた気がするものの、放っておくとすぐギクシャクしてしまう。やりたいやらなくちゃなのにできない系のことは誰かと話すには悪くない話題だし面白さもあるけど、自分で向き合うだけだと非常にもどかしい。

自分の精神衛生上、やるならすぐやる、やらないならもう諦めて余計に考えない、とある意味動物っぽいというかシンプルな流れを定着させたいのだけれど…ううむ、なかなか難しいぜ…。

 

それはさておき、なんと最近犬が家でトイレ小をしてくれるようになって大歓喜である!ベランダでしかできないし相変わらず大は全然だめなので毎日散歩にはいくんだけど、でも…うれしい…涙

この間クレジットカードの請求がとんでもない金額だったのでびっくりして明細を見たら、犬の物を複数回その度諭吉ぐらい払っていて我ながら呆れた…富豪かよ…そして本当に手がかからない鳥くん最高だよ君は…。

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ペットを飼って実感したのは、たとえ世話してるからって相手が自分の思い通りになることなんて絶対なくてあくまで別の個、だということ。と分かってはいても大変なことや思い通りにならなすぎることが重なると、何これ苦行?とふと思うこともないわけではないけど、でも私は生涯通じて可能な限りもふもふと暮らしていきたいと思う。

何かの世話をさせてもらう、というのは一種のセラピーだ。その間は対象だけを見ていられるし、とても正当な言い訳もできるし、何より余計なことを考えなくて済む。身体的には大変なことも多いけど、ずっと自分と向き合い続ける方が心理的にはだいぶ辛いと思う(だから、たまにそういう人を見るとまじで尊敬する)。

それに、やっぱり理屈ではない幸福がある。新しいおもちゃに大興奮してるところを見れば全部許せちゃったり、無防備すぎる寝顔を見て涙が出そうになったり、私をじっと見つめる大きな黒目がくれる喜びは本当に言葉では言い表せない。この子のお父さんお母さんありがとう、うちに来てくれてありがとう、そして今日も元気でいてくれてありがとう、と心から思う。…そうだよね、人間も本当はそれだけで尊いし、ありがとうなんだよね。

数年前、何も分かっていなかった頃に子どもが欲しいか考えるなかでメリットとデメリットみたいな感じで書き出したようなことがあって、(もちろん計画性という意味ではそれもとても大事なことなんだけど、)多分、命がくれる感情ってそんなことでは計れない。メリットとかそういう話じゃないし、何かと比べられるものでも決してないのだ。と思う…や、動物と子どもは違うから、あくまで多分だけど…。

 

いろんな考え方があるし自分の考えも日々変わっていくから先のことは分からないけど、出会った命を大切にしていくだけだなぁと思う。私の目は、悲しいことやつらいことを見ることもできるし、その中にきらめく嬉しいことや幸せだけをしぶとく見つめ続けることもできる。

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最近はまたこういう命のこととか生死のこととかばかり考えている。暇か?暇だな!

 

「よく哲学する人は、死ぬことを練習しているのだ」−ソクラテス

 

最近知ってほう…となった言葉。そうか、怖がりだからたくさん考えるし日々練習しているのだな…。

2021.02.05

年末年始から何だかバタバタしたりやる気が出なかったりの日々を繰り返し、ようやく1月初めに書いていた下書きに手を付けた今日である。が、その頃から時が経ちすぎてもはやゼロから書いた方がいいんじゃないかという…まぁ記録のために、年末年始のことを少し。

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今年はコロナのせいで本当に静かな年末年始となった。年末は家族でオンライン飲み会、年始は義理のおばあちゃん宅には挨拶だけ行き、おじいちゃんとは縁側越しの対面(しかし何かしてあげたいという気持ちが高まりすぎて大晦日におでんを大量に仕込み実家とおじいちゃんに差し入れるという。良い子…)、そしておばあちゃんのお墓参りに行った。

実家にも顔を出すだけのつもりだったけどせめてお昼ぐらい!ということでカレーを数種類作り持ち寄りカレーバイキングを開催することに。食事中はほぼしゃべらず、食事後にマスク着用のままスピードとババ抜きをした。父は一人で日本酒をガブガブ飲んでおり、ご機嫌で我々の結婚式映像などを再生し始める状況に…。これ見たらもうめっちゃ長居することになるやん…ということで後ろ髪を引かれつつも解散。健康で生きていればまた来年でもいつでも、できるからね。

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そしてそれに加え、大晦日の前々日には犬が朝の散歩中に突然唸り鳴きしながらその場を動かなくなってしまい、これはおかしい!ただごとじゃない!とパニックになりながら病院へ。鳴いて震えている犬がかわいそうすぎてもしこのままいなくなってしまったらどうしようと変な想像までしてしまい私まで震える始末…落ち着け…笑

結果的にはぎっくり腰のようなものかもしれないから安静に、とのことだったので年末年始犬はどこにも連れて行かず。せっかくだから公園とか連れてって遊ばせてあげたりおじいちゃんちとかもチラッとだけでも連れて行きたかったんだけどな…。

さらにそのほんの数日後、今度は私が腰をやってしまうという…。ろくに座っていることすらできず年始早々から会社を早退したり。もちろん数日後には犬も元気を取り戻してきて自分の腰も治ったものの、やれやれな年末年始であった。やはり家族全員の健康に勝るものはないわね…。

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会社は無事最終日を迎え、私は再びのニート生活。こんなご時世に加えさっぱりしすぎている会社だし在職期間も社員の中では一番短いため、何の感慨もなくポイポイ物を捨て閉鎖の準備に勤しんでいたが、さすがに最終日、もうこの人たちとは一生会わないんだなぁと思うとしんみりした。パートになってからは気持ちがとても落ち着いたこともあり、この会社では感情的にもスキルや経験的にもほとんど何もなかったな~などと思っていたが、いや、思い返せば結構試行錯誤もしたしめちゃ苦しかったな。笑 片道10キロを自転車で通ったり(今や全然無理)、めちゃ細かいことをすっごい嫌味な言い方で注意されてトイレで怒り泣きしたり、コミュ力が低すぎる方々の言動に驚愕したり、こんなつまらなすぎる仕事してる自分の将来が不安すぎてフルでの仕事後に都内までボランティアしに行ってみたり、嫌な静けさが我慢できなくてこっそり無線イヤホン耳に仕込んでノラジョーンズ聴きながら仕事してた時期もあった。大変。笑

人間、嫌なことって忘れてしまうものなんだな…今ここに書くまでまじですっかり忘れていた…忘れてた方が良かったのかもしれないけど…や、でもやっぱ思い出してよかった、そして嫌な思いさせられたことは別に今も許したわけじゃないからな。笑

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自分がつらいときほど周りが輝いて見えて羨ましくて妬ましくて、そんな自分にまた嫌気がさして底ループにはまることはありがちだけど、人には人の幸せがあるのと同様に人には人の地獄があるんだよなぁ(でんぱisファミリー本当良い曲。ヒャダ氏の歌詞天才)。人の地獄を知ろうともしないで想像もしないで羨んでだけいるのは楽だけど悲しい。それが分かっただけでもあの会社で過ごしたつらい日々の意味はあるってもんだな。

 

他にも書きたいことあったんだけど長くなったのでまた今度。家のことに手続き系に片付けに…ニート本当忙しくて困る…。

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